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大阪地方裁判所 昭和32年(ワ)5744号 判決 1963年7月19日

判   決

大阪府守口市高瀬町五丁目四番地

原告

木村晃ほか三名

右原告四名訴訟代理人弁護士

渡辺弥三次

同訴訟復代理人弁護士

谷野祐一

大阪府枚方市大字岡一七三番地の一

被告

京阪電気鉄道株式会社

右代表者代表取締役

村岡四郎

右訴訟代理人弁護士

安藤伸六

同訴訟復代理人弁護士

伏見礼次郎

右当事者間の慰藉料請求事件について、当裁判所は、次のとおり、判決する。

主文

一、被告は、各原告に対し、金二五〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三三年一月一八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決第一項はかりにこれを執行することができる。

事   実(省略)

理由

一、昭和三二年八月九日午前八時三四分頃、亡木村洋(当時一一歳)、谷内暁(当時九歳)の両名が、自転車に相乗りしながら、守口市京阪本通二丁目にある、被告経営京阪電車軌道の北側沿の府県道を、京都方面から大阪方面に西進し、右軌道線門真駅と古川橋駅間の本件門真五号踏切近くにさしかかつた際、自転車の右後方からトラック一台が追走してきて追抜けんとしたとき、右相乗自転車の両少年は、右五号踏切に左廻りして乗り入り、折から、被告の従業員運転士田中真一が運転し、同日午前八時二二分天満橋発京都行三輛連絡の急行電車が進行してきて、右田中運転士は踏切前方約一五米で急制動をとつたが及ばず、両少年は自転車もろとも電車にはねとばされ、約三〇分後頭蓋底骨々折等により死亡したことは、当事者間に争いがない。

二、田中運転士の過失の有無を判断するに、原告等の全立証によつても、未だ、その主張のように同運転士に過失あるものとは断定し難い。当時右踏切には警士はおらず、手動遮断機の開閉竿は揚げたままであり、これを田中運転士は知つていたこと、また同運転士が右踏切手前約五〇米付近にさしかかつたとき、府道上左側を相乗り自転車で前進してくる両少年とその右後方に追走のトラック一台とを認めていたこと、同運転士は右急制動をなすまで時速約七二粁のままで同所に向進していたことは、被告の争わないところであるが、(証拠―省略)を綜合すると、本件事故当時は晴天で、天候による障碍はなかつたこと、本件踏切から西方へ約一三〇米の軌道にある門真四号踏切付近の軌道、京都行線の電車運転台からは、林立する鉄柱の重なりにより、進行中本件踏切より東方府道の軌道側が見え難いこと、それが本件踏切に接近するにつれ見易くなつていること、田中運転士は右四号踏切前で警笛を吹鳴し、さらに本件踏切手前五〇米付近で、両少年トラック等を認めたので、警笛を吹鳴して警告を与えたが、両少年が踏切をそのまま横断するとは考えず、減速、制動の構えはとらなかつたこと、両少年の相乗り自転車は追越トラックを避けるかのように、一時停止することなくそのまま踏切に乗り込んできたこと、田中運転士がこれを認めて短急一声警笛を吹鳴しつつ、急制動をかけたが、僅か一五米前であり最早追突を避けえなかつたことが認められる。このような場合に、同踏切附近の軌道を時速七〇粁余をもつて通過運転をしなければならない運転士が、未だ踏切横断の方向、態勢でなく、軌道と併行の府道を前進しくる自転車トラックが、急に踏切を横断するかをも予測して、減速または制動の処置をとらねばならぬという注意義務あるものとはなし難い。それは、高速軌道電車の運転士に難きを強いるものであり、このような場合には、むしろ後段認定のように、他の保安施設等の処置によつて、事故を未然に防止すべきものと考えられる。したがつて、田中運転士の過失により、その使用者としての被告の責を問う原告等の右請求は理由がない。

三、次に、保安施設の瑕疵につき審究するに、本件事故当時、本件五号踏切には、警士詰所は在るが、警士は、門真小学校夏休暇中は四号踏切に配置替えとなつて、右五号踏切におらず、同所の手動遮断機は開閉竿を揚げたままになつており、踏切前に、「警士不在」「一旦止つて右左」なる標示札が立ててあること、およびこれ等の施設が右踏切とともに被告の所有、管理するものであることは、当事者間に争いがない。およそ、土地の工作物の占有者、所有者に、その設置、保存の瑕疵による損害につき無過失責任を問うゆえんは、危険性の多い物的施設を所有、占有する者は、その危険防止に万全の策を講ずべきであり、その処置宜しきを得ないため、危険が現実化し、損害が発生した場合には、当該事故発生に過失の存否を問うことなく、右工作物の設置、保存の瑕疵にもとづく、いわゆる危険責任として、その所有者、占有者に、損害賠償の責任を問うことが、社会的衡平の見地からみて妥当とするからである。ところで、電車軌道の施設および踏切道その他の保安設備が、右の工作物であることはもちろんであるが、かかる踏切道、その他の保安施設が、その状況上危険防止の必要を充すか否かによつて、瑕疵の有無を決しなければならない。(証拠―省略)を綜合すると、本件五号踏切は第二種踏切であつて、警報器の備えはなく、手動開閉竿を上下する警士は、夏休暇中を除いては、同所に配置されていたが、右踏切の南方に、軌道南側沿いにある門真小学校が七月二一日から八月三一日まで夏休暇となり、同校の南側第二運動場の西端に、同校舎と公民館との間にある町営プールが開場され、同校学童もプールに招集されたり一般の人もプールに集まるので、右プールに近くて便宜な四号踏切の通行を重視し、教育委員会や右学校からも、被告に対し、休暇中、五号踏切の警士を四号踏切に配置替えをなすよう要請があり、被告はこれに応じてその配置替えをなすとともに、五号踏切の手前に「警士不在」の標示札を立て、開閉機を斜上に揚げたままにし、警士は午前八時頃から午後五時頃まで四号踏切に駐在させたこと、前段判示のように、四号踏切付近からは、五号踏切方面に進行電車の運転台からの見透しとして、五号踏切以東の府道軌道寄りは鉄柱の重なりにより、視界が妨げられ、反対に、右府道の軌道寄りからは、五号踏切の高橋橋、鉄柱に妨げられて四号踏切付近の電車の進行を遠望し難いこと、五号踏切前の「警士不在」「一旦止つて右左」の標示札は、字面が府道と併行して立てられ、右府道の軌道側からは内容を認め難く、横断態勢となつてから確認できる状態になつていること、第二検証当時、昭和三五年八月一〇日午前九時三〇分から同四〇分まで小雨中五号踏切の横断は人車合計六であつたが、門真小学校の正門は五号踏切に近く、しかも軌道南側沿の道路に面してあり、夏休暇中のプール利用のためには四号踏切に多数学童が通行するが、平素はむしろ五号踏切を横断の学童が多いこと、被害者の洋、暁二少年は門真小学校の学童ではなく、同市内大阪方面寄りの寺方小学校の児童であつたこと、右プールは町営で夏季には一般に公開せられ、付近では最も完備したプールであつたこと、守口市、ことに同市内門真町の中心は、本件踏切の西北方にあり、学童の通学は五号踏切を北より南へ横断するものの多いことなどを認めることができる。これらの状況のもとでは、本件五号踏切には、警報器を設けるか、さもなければ、少くとも手動遮断機を開閉する警士を常住させることが、危険防止の必要上当然の処置と考えられる。門真小学校が近接している関係からしても、たとえ被告の経営上の都合があるからといつても、高速、頻発運転の趨勢上、被告が、これら保安設備の充実を怠ることは許されないものである。また、夏休暇中、教育委員会および小学校当局からの要請があつたからとて、本件五号踏切の警士を四号踏切に配置替えして五号踏切の遮断機の開閉竿を斜上に揚げたままにして置いたことは、却つて、同所の通行人に誤認を招くおそれがあり、たとえ前記の警告的標示札を立ててあるからといつても、当然なすべき危険防止の策を講じているものとは認め難い。洋、暁の二少年は、門真小学校の学童でないから、たまたま、夏休暇中の本件踏切における変更処置を予知していなかつたと思われるが、もし四号踏切に警士を新に配置し、本件踏切に従前どおり警士を置いていたならば、本件事故は防止なし得たと考えられる。被告の右踏切道における処置は、全体としてこれを見れば、危険防止として備えるべき施設を欠いた瑕疵があるというべきであり、被告は、本件事故による損害を賠償する義務がある。

四、次に、過失相殺の点を判断するに、被害者なる前記二少年が、相乗り自転車で、本件踏切に乗り込んだこと、同少年等が踏切前でいつたん停止した形跡のないこと、洋少年は小学校六年生、暁少年は同四年生であることは、当事者間に争いがない。そうだとすれば、両少年は本件踏切にさしかかつては自転車の相乗りを止め、安全に追越トラックを避け、踏切の横断に当つてはいつたん停止して、左右によく注視したのち進行すべきであつた。

右両少年には、その注意義務を怠つた過失があることは明らかであるから、本件損害の賠償額を定めるに当り、これを斟酌すべきである。

五、原告木村晃、同谷内正次の各本人尋問の結果によると、洋、暁の二少年とも小学校の成績もよい健康児で、原告等が、それぞれこの少年の将来に相当の期待をかけていた矢先、本件不慮の死をとげたため、原告等の哀惜痛嘆は深刻で、これに対する被告の態度は比較的冷淡であつたから、原告等は、精神上甚大な苦痛をこうむつたことは推測すると難くない。よつて、慰藉さるべき損害額を勘案するに、前段認定の被害者二少年の過失を斟酌しても、その賠償すべき額は、原告各自に対し、金二五〇、〇〇〇円をもつて相当であるものと思料する。

六、結論。

被告は原告各自に対し、金二五〇、〇〇〇円およびこれに対する本件損害発生の後である昭和三三年一月一八日からその支払いずみまで民法に定める遅延損害金を支払わねばならない。よつて、民事訴訟法第七九条、第九三条、第一九六条を適用して、主文のとおり、判決する。

大阪地方裁判所第二六民事部

裁判官 玉 重 一 之

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